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三重

【伊勢神宮】知ってると自慢したくなっちゃう伊勢神宮の小ネタ5選

【伊勢神宮】知ってると自慢したくなっちゃう伊勢神宮の小ネタ5選
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何度か同じ神社やお寺に足を運んでいると
最初の参拝の時には気が付かなかった新しい発見や
何度も同じ景色・空気に触れているからこそ
気になってくる疑問点が出てきたりしますよね。

中には言われてみて、はっ!とする発見があったり。

今回はそんな、知ってると参拝中に誰かに話したくなっちゃう
伊勢神宮小ネタを5つ!お届けいたします!

木除杭:橋の近くに建ってるあれ、な~んだ?

1つ目は伊勢神宮に到着して
わりと早い段階で目に飛び込んでくるこれ。

伊勢神宮 木除杭橋を1歩1歩踏みしめて渡るのも大切ですが
少しだけ橋の外に目を向けると見えてくる…

これなんだか知っていますか?
よくね、『次の橋の橋脚!』っていう方がいるんですが
実は違うんですよ…!!

名前は【木除杭(きよけぐい)】と呼ばれるもの…
この名前、というか漢字を見ると
なんとなくどんなものか想像がつきますよね。

五十鈴川増水氾濫の際に
川に飲み込まれ流れてくるであろう
流木から、宇治橋を守るための杭です。

ちなみに、橋建て替えの時は、一旦下流側に
仮の橋を建ててから建て替え工事をするので
ずーっと同じ場所に橋が架かっているんですよ!

宇治橋の近くだけではなく
風日祈宮近くの風日祈宮橋にも建っています。
これを見ると川の上流がどちらかも
一発で判別できますね!

伊勢神宮は…右側通行?左側通行?

これは結構色々なところで解説されている問題。
みなさん、どちらだと思いますか?
どちら歩いていたか、覚えてますか?

正解からお答えすると、こうなります。
内宮:右側通行
外宮:左側通行

実はこれ、歩く場所は決まっているのですが
なぜそっち側通行なのかという明確な理由というのがありません。
こうじゃないかな?っていう説がいくつか
まことしやかに伝わっているのみとなります。

神様への慎みの心説

内宮、外宮どちらもこの歩き方にすると
神様のところ(本殿)まで遠回りをして歩くことになります。

参道まで遠回り(外側を通行)することで
神様への慎みの心を表している…という説。

手水舎の位置による説

外宮の手水舎左側
内宮の手水舎右側にあります。
参道を通ると内宮五十鈴川の石畳に出れるのも右側です。

その結果途中で参拝客が道を交差して
手水舎に行くことがないよう、通る場所も
手水舎に準じている、という説。

ただこれには
『元々右側・左側通行が決まっていて
それに沿って手水舎を設置した』という意見も
根強く残っています。

手水舎が神社に置かれるようになったのは江戸時代ごろから…
そう考えると確かにただの後付けのような感じもしますよね。

土産物屋の陰謀説

これは今の伊勢神宮の姿からは
なかなか想像するのが難しいのですが
江戸時代頃までは伊勢神宮の神域内
今でいう宇治橋を渡った先にも
宿屋や食事処、土産物屋などが軒を連ねていました。

土産物、というからにはやはり
帰り際に財布のひもを緩めてたくさん買っていってほしいもの…
皆さんも参拝前よりは参拝後
帰る前にお土産買う事のほうが多いですよね?

その土産売り場の場所が、
外宮左側内宮右側だった、という説!

まぁどれが本当か、というのはわかりませんが
(もしかしたら全部嘘で別の理由があるかもしれないし)
現地ではどっち側通行か、という札も立っているので
それに従って参拝してくださいね。

黒と白は縁起物?伊勢神宮にかかる鯨幕とは

鯨幕、ってなんだかわかりますか?
きっと見たことはあるはず…これ!

鯨幕

一番見るのは、やっぱりお葬式シーンでしょうか。
わたしも厳かな雰囲気というか…弔辞には鯨幕(黒・白)
慶事には紅白幕(赤・白)というイメージです。
(ちなみに鯨幕、ってググると終活についてのページが出てくる…笑)

伊勢神宮にはよく、この鯨幕がかかっているところがあります。
でも決して…お葬式を執り行っているわけではないんです。

そもそも、鯨幕…黒・白の組み合わせが弔辞と結びついたのは最近。
葬祭業者のイメージ戦略では、と言われてるぐらいです。

では元々は何に使われていたのか…
それがここ、伊勢神宮で本来使われているような
格式の高い神事や宮中:皇族の慶事など
本来は高貴な色の組み合わせだったのです。
(本当…迷惑な話よね…葬祭業者のせいで。。。)

なので、もしあなたが参拝中に
この鯨幕を見たからと言って
『え、お葬式…?縁起が…?』なんて思う必要はなく
それが当たり前のこととしてとらえてくださいね。

社殿の横に広場?古殿地って何?

古殿地(こでんち)…または、新御敷地(しんみしきち)って
聞いたことはありますか?

伊勢神宮で参拝すると必ず見かける
社殿の横の広いスペース。

新御敷地

このスペースの事を古殿地、又は新御敷地と呼ぶんです。
では何のためのスペースなのか…というと
前回の式年遷宮が行われるまで社殿が建っていた場所
そして次回式年遷宮社殿が建てられる場所、なんです。

式年遷宮というのは同じ場所に何度も社殿を建て直すのではなく
隣り合った土地に交互に社殿を建てることになります。
じゃないと新社殿を建てる間、神様の御魂の居場所がなくなってしまうし
わたし達も参拝することができないですからね。

式年遷宮の儀が終わり、約半年間の間は
古い社殿が建っていた土地=古殿地と呼ばれます。
そして半年が経った後は新しい敷地=新御敷地と呼ばれるのです。

古殿地/新御敷地の真ん中には、心御柱(しんのみはしら)と呼ばれる
御正宮の中央の床下の柱になると―っても大切な柱があり、
これを守るための覆屋(おおいや)がぽつんと建っています。
(ちなみに上の写真にも小さーく映ってます)

内宮御正宮では、この心御柱の真上
ご神体である八咫鏡(やたのかがみ)が来るようになっているんだとか…

式年遷宮遷御の儀(せんぎょのぎ)以降約半年間…
つまりここが古殿地である間は
古殿地拝観として間近で見ることもできるようなので
タイミングが合えば、ぜひ行ってみたいですね…!
(わたしもまだ古殿地拝観は行ったことがない…!!)

外宮先祭…じゃない⁉歴史に翻弄された式年遷宮

伊勢神宮では内宮より先に外宮で祭事が行われます。
だから参拝も外宮→内宮でいくのが基本ですよ。

…と、何度も書きました。
でもごめんなさい、イレギュラーがあるんです!!!笑

そしてそのイレギュラーが何を隠そう
一番有名であろう祭事【式年遷宮】

1300年ほど前に始まった、式年遷宮。
しかし世が乱れ、応仁の乱の頃には
財政難も相まって、式年遷宮が中断されます。

建物が老朽化し、天皇や時の足利将軍に
お伺いをたて、何とか式年遷宮を行おうとする伊勢神宮
昔は外宮→内宮の順に式年遷宮を行っていたため
最後に式年遷宮を送ったのが内宮だったので
外宮の式年遷宮が決まります。
(この時は財政難により内宮は遷宮ができませんでした…)

その後天下統一に王手をかけた織田信長
造営費用を申し出ますが、本能寺の変で討死…
そして豊臣秀吉の治世になり、やっと!
今度は内宮の遷宮が執り行われ
なんと内宮の遷宮の3日後外宮の遷宮が行われます。

そして江戸時代に入り、前回と同じくして
内宮の遷宮、そして6日後に外宮の遷宮が行われます。
その後はこの戦乱期の流れにのっとり
内宮遷御→3日後に外宮遷御というのが通例となり
今日までつながっています。

外宮先祭が一般的ですが…
式年遷宮だけは違うんだぞ!と知っていると
実は知らない人たちにも教えてあげられそうですね^^

伊勢神宮の小ネタ5選
楽しんでいただけましたか?

もちろん神社参拝は神様への感謝の気持ちを持って
行ってほしいなって思いますが
それ以前に、神社に行くこと、神域内をお散歩することも
楽しいなって皆さんが感じてくれたら何よりです!

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