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Just Another World

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日々の徒然

相撲は○○である

相撲は○○である
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最近のニュースを見ていると
片っ端から突っ込みたくなるんだけど
今回このサイトの内容とも少しかぶるかなーと思うので
相撲の女人禁制についてわたしなりに少し解説をのこしておきます。

なんで女人禁制なのか。
「何?また不祥事?」で終わらせず
ちょっと心向けてほしい…
なんてったって、相撲は
日本の国技なのだから…

まずは結論

最初に、現時点(2018/4/7)では
誠に遺憾ながら「若い行司の至らぬ点」っていう形で
すべてを終わらせようとしている節がある気がするんだけれども
少なくとも彼は確かに失言をした。
けどそれはそもそもお偉いさん方が口をそろえて建前に使ってる
【伝統】を正しく継承できていなかった結果じゃないの?って
私は思っています。

なぜ土俵上が女人禁制で
なぜ伝統を守る必要があって
じゃあどうすればよかったのか。

このどれひとつもよくわからずに
運営が進んでいるから今回のようなことが起きるんだよ。

つまり何が言いたいかってね

物の本質を知らない上に
自分で考えて判断する力がない

だから行司の「女性は土俵を降りて」発言にもつながる。

ここをぜひ、ちょっとだけでいいから知ってほしい。

なぜ女人禁制なのか

これを解説するには、相撲の起源をちょっとひも解いてみましょう。

そもそも相撲は格闘技としての側面を持ちながら
日本の歴史の中では「儀式」としての側面も持ちます。

これも古い話なので諸説あるのだけれども
今回は記事はあくまでも【女人禁制】をキーワードに
話を進めますね。

相撲の起源については、日本相撲協会のホームページにも
しっかりと記載があります。

我が国の相撲の起源としては、古事記(712年)や日本書紀(720年)の中にある力くらべの神話や、宿禰(すくね)・蹶速(けはや)の天覧勝負の伝説があげられる。
相撲はその年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として、毎年行われてきた。これが後に宮廷の行事となり300年続くことなる。

日本相撲協会:相撲の歴史

一説には、この五穀豊穣の祭り儀式が
豊受大御神にささげるものだったとされ
豊受大御神を女性神とする女神信仰とひもづき
屈強な男を使い、喜ばせたのがはじまりだと言われています。
(豊受大御神は伊勢の下宮にいらっしゃる神様ですね)

このとき、神に捧ぐための土俵上に
ほかの女性を上げると、女性神が嫉妬するとされたために
土俵上は女人禁制になったのです。
(もう一度言うけど、諸説あるからね。
日本書紀には女相撲の記述だってあるし…)

ここにきてやっと
なぜ土俵上が女人禁制かに結びついたわけです。

人命か、伝統か

これはもう【人命】と即答すべきでしょう(今回の場合)

そもそも、もしこの女人禁制のルーツを正しく知っていたら
土俵から降りてくださいにはつながらないはず。

確かに女人禁制の伝統を破る禁忌だったかもしれない。

でもそのルーツが【神様の嫉妬】であるならば
このときに起こすべき行動は
女性の救命措置をとめて降ろすのではなくて

神様の嫉妬を鎮める神鎮めの儀式を執り行うこと

になるわけです。

あの場でアナウンスをした行司さんだけじゃなく
あの場にいた相撲協会の人間の誰か一人でも
このロジックを理解していたら
こんな大事になることはなかった。
(まぁ不祥事絡みでメディアは面白おかしく炊きつけるだろうけど)

少なくとも、相撲協会は落ちきった信頼を取り戻すきっかけとなる
大きなビックチャンスを袖に振ったわけだと思う。

残念ながらわたしは相撲も、神事も詳しくはないので
この時にどの神事を執り行えばいいのかはわからないけども
「誰も神事を行うということにたどり着かない」ということは
「誰も正しく国技である相撲を理解していない」ということに
つながっていくのだと思うんですよ。

これは、日本の文化の衰退・消滅が進んでいる証拠です。

だってすでに神事としての相撲は、死んでいるのだから。

男尊女卑ではない

でね、ここまでくると今度、宝塚市長のお話になるんです。

*相撲は神事
*神様が怒るから女性は土俵に上がれない

この2つがわかっていれば
「わが市で巡業しているのに私は土俵の上から挨拶ができない。悔しい」
っていう発言が出るわけがない。

悔しい?
もう問題の本質がまったく別物になってる。

男性市長は上から、女性市長は下から

自分も上から挨拶したい、なんてただのわがまま。
女性を卑下にするな!みたいな正義感から言ったのかも知れないが
無知を露呈しただけになっているのが悲しいところ。
だから正しきを知るというのは大切なんです。
それが自国文化ならなおさらの事。

しいて言うなら、わたしは
神聖なる神事を執り行う土俵の上に
男性だろうと当事者でも神職でもない
人間が乗ってるのがそもそもの間違い。
ただの挨拶なら土俵下からの挨拶にしたらいい。

そう思います。

これもやっぱり、相撲の本質を知らないから、だと思うけどな。
この発言をされた宝塚市長も
男性市長を上げる許可をした相撲協会も。

仮にこれが「明治までは女相撲もあった。女人禁制なんてものはない!」
とした発言であれば、その確固たる裏づけに対する相撲協会の返答を
引き出せたはずなんですけどねぇ…
(ちなみに明治頃女性が裸で取っ組み合うのはよろしくないとして
女相撲は廃止になった・・・ともされる)

さて、長々と書きましたが
こういうのって確かにもうその個人が興味を持って
その物事を知れるかどうか、って所だと思うんです。
(だからこそ相撲協会の人間が
あんなお粗末な対応したのに腹が立つんだけども)

だからこのサイトでは超基本的なところから
神社とか、歴史とかについて日本語で掲載しているわけで。
それを一人でも多くの人に、知ってもらいたいと思って。

そして知った上で自分の頭で考えなきゃいけない。
この自分で考える力が現代の日本はものすごく弱い

女人禁制って言われてる、女性降りろ!じゃなくて
女人禁制って言われてる。でも目の前では緊急事態が起きている。
じゃあどうすればいいんだ?この次に予測されることは何だ?と。

行司になる過程に、土俵上で一般市民が倒れる、なんて
予行練習は含まれていないわけですから。

今回、少しでも誰かの考えるきっかけになったらいいなぁ…

HIRO

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